→ 一般人より銃を撃ちやすく一般人より信仰心が厚いのがマフィアという職種だったが、奇人変人の巣窟にして究極の荒くれ集団であるところのヴァリアーにそれはあまりあてはまらなかった。別に信じないわけじゃない、ただ頼ることをしないだけ。誰かは誰かのために、自分は自分のために、自分以外なら唯一ボスのために、自分で動くのがヴァリアーだ。 なのでクリスマスといっても特別なイベントはしない。(というか、社会現象になるくらい騒ぐジャポーネといっしょにするのが間違っているのだけど。イタリアではもっと静かに祝う) 剣帝が生きていた頃は9代目や門外顧問も巻きこんでかなり盛大にやっていたらしいが…今はせいぜい、窓の向こうで街の灯りが遠く光る程度だ。 とはいえ無粋なだけというのもいただけないのか、毎年ツリーだのリースだのはいつのまにか飾られてある。イベントごとを放っておけない乙女心をもつルッスーリアの仕事である。害になるものでもないので毎年黙認されている。それからこれは誰が言い出してはじめたのか…パーティも、する。パーティというか、実態はクリスマスを口実にした飲み会だが。幹部の6人と1体が談話室に集まってだらだら過ごすだけなのでまあ普段と大して変わらないけれど、いちおう示しあわせて集まってテーブルにはケーキが乗せられるからパーティの体裁は保っている。 クリスマスは口実なので当日になることはまずない。記念日や祝日は仕事が入りやすいしやりやすいから皆朝から晩まで飛びまわりっぱなしで、とてもそんな暇はないのだ。大概クリスマスのあと急に仕事が少なくなる頃にやる。今年は木曜か。大体いつもそのくらいだ、水曜か木曜日。そこらへんがいちばん仕事がない。てことはそこらがいちばん安全なんだな。なんたって暗殺者がパーティ開くくらいだ。 ルッスーリアに明日だからねと伝えられたあとでスクアーロは面白いものを見た。弱りきった顔でうろうろしている隊員だ。なんとなく気になって問いかければボンゴレに書類を届けるところなのですが、と。 「行き方でもわかんねえってかぁ」 「いえ、その、これを…どうしようかと」 差し出す厚紙には見慣れた、フランス語とイタリア語がブレンドされた読みにくい文字。これはベルの筆跡だ。ヴァリアーのクリスマスパーティに招待してあげる、来ないと八つ裂き、的な意味の文章がいい感じのスラングで殴り書きされてある。 「これも一緒に、と言われたのですが、よろしいのでしょうか」 「あー…まあいいんじゃねーの」 多分ただの気まぐれだろうな、明日には忘れてるかもしれない。だけどそれに乗ってやるのも悪くねぇ。サワダツナヨシを呼べばきっと刀小僧もセットでついてくるだろう、どれだけ成長したかためしてやれる! 「ケーキよりよっぽど楽しみにできるぜぇ」 スクアーロは凶悪に笑う。暗殺者たちのクリスマスって、大体こんな感じだ。 しかし、自室に戻る前にスクアーロは厨房へ寄り、アルコールなしの飲み物を用意しておくように言いつけた。お子さまたちのためにわざわざ足を運ぶあたり、ナターレの慈悲の精神に毒されたと、言えなくもない。 → 「…どうしよう…」 金色のふちどりのカードを前にツナは頭を抱えている。上等そうな紙質のカードには流麗なのか崩れているのか(多分後者だ。フランス語の教師に見せたらえらく顔をしかめていた) どっちにしろ自分じゃ読めない外国語が書きこまれていた。いや、和訳はもうした、だから内容はわかる。問題はその内容だ。要約するとヴァリアーのクリスマスパーティに招待してあげる、来ないと八つ裂き、という感じか。そっけない日本語に直されてるけど相当なスラングで(訳を頼んだ教師の反応でだいたい察せた) 書かれてたんだろうな…ああほんとに、どうしよう、これ。ヴァリアーの、ってだけで逃げたくなるのにクリスマス、しかもパーティ。どんなのなんだろう…想像できない。すごく怖い。でも逃げたらもっと恐ろしいことになりそうだ。クリスマスのあとだから他のパーティを口実にもできない…一体何の試練なんだろ、これ。 「おもしろそうじゃねーか」 「うわ、リボーン、いつのまに」 「他の守護者もつれていくか」 「なっ…だめだよ!わざわざみんなを危険な目に」 「危険は分散されるぞ」 「うっ」 しばらく黙りこんだツナは、微妙にすわった目で、ごめんねみんな、とつぶやいた。ほどほどに自分勝手な部分もボスには必要だからなというリボーンの言葉は聞こえなかったふりをした。 → 「こういうの、ジャポーネにあったよね。四字熟語?コトワザ?なんだっけ、あ…」 「阿鼻叫喚」 「そう、そんな感じ」 言ってから、マーモンは大きめのグラスを抱えなおした。明るい赤がゆっくりゆれて頭の上のファンタズマが首をかしげたのがわかる。 そもそもの原因はベルらしい。いつもの気まぐれでナターレのパーティ(と、ルッスは主張するちっちゃな集まり) にボンゴレ御一行を呼んだとかなんとか。律儀にも彼らはやってきてぼくらを驚かせてくれた。スクアーロはなんでか知ってたみたいだったけど。そして現在の、アビキョーカン、に、至る。なかなかカオスな状況だ。ルッスは晴れの守護者を追いかけスクは雨の守護者に追いかけられベルと嵐の守護者は互いに得物を取り出し雲の守護者と霧の守護者は戦いはじめ雷の守護者はモスカに登りレヴィはいつもどおりキモくボスは椅子とか燃やしてサワダツナヨシはおびえたりツッコミ入れたりと忙しい。早めに避難しておいてよかったよ。 「止めなくていいの」 「めんどくせーだろ」 「家庭教師がそんなこと言ってていいのかな」 「自立させるのも仕事のうちだ」 「ものは言いようだね」 「おまえこそ参加しなくていいのか、あのステキな大騒ぎに」 「冗談。つぶされるのは御免だよ」 肩をすくめると同時ににぶい爆発音が響いた。煙の向こうをすかして黒スーツの赤ん坊は眉間にしわをよせる。 「ちっ、あいつら…」 「…過保護」 「…別に、」 「ていうか、いつもこんなに騒がしいのかい、君のところは」 「おまえらだって同じだろ」 「まあこんな状況だし否定はしないけど。まったく、困る」 「困る?」 「こんなに騒いでさ、ぼくらも巻きこんでどたばたして。こんなふうにしてると、たまにね、たまにだけど、自分が呪われてるってこと忘れそうになるんだ。君はないかなそういうの。困るったら、ない」 「………」 「ああこんなのはぼく個人の勝手な感傷だよ。ごめんね、聞かせたりして」 リボーンは、ふん、と鼻をならすと、ぼくのグラスをひったくってぐいとかたむけた。途端、どう表現すればいいんだろう。ものすごく形容しがたい顔になる。…ひっかかったな。 「…おい、これ」 「それ?それは子ども用シャンパン。もちろんアルコールなし、甘いだけ。スクアーロにね、赤ん坊はこれでも飲んどけって無理やり渡されたんだ。ま、うちも言い訳できない程度には過保護なんだろうね」 リボーンはこめかみを押さえていたけど、帽子のつばをさげ、甘ったるくてきれいな赤を一気に流しこむ。それからぐったりとソファにもたれて Buon Natale、なんてグラスをかかげて言うから、ぼくもメリークリスマスって返してやった。 20071228 伊語 メリークリスマス 物騒なような微笑ましいようなクリスマス後編 |