10月10日はドン・ボンゴレが長子、ザンザスの誕生日だ。 重厚な扉を後ろ手に閉めて、スクアーロはとにもかくにもひと息ついた。まったく、会食の席についたザンザスの左斜め後ろに直立したときから始まって、食事のあいだから退席の際から廊下を歩く一歩ごとから扉を開ける瞬間まで気が気じゃなかった。列席者たちはこんな災厄を煮つめたような状態の御曹司を前に置いてよく平気でものが食えるもんだといっそ感心さえしていたのだ。そうだ、今夜みたいに怒りはおろか不機嫌さの気配さえちらとも出さずうっすら微笑んでいるザンザスがいちばん怖い。なにしろいつ爆発するかわかったもんじゃないのだから。唯一ドン・ボンゴレだけは少し悲しそうな顔で息子を見ていたけれど、スクアーロはザンザスが嫌いな人間をいちいち気にかけたりする愚は犯さなかった。 ソファに陣取った背中へなんか飲むか、訊いてみても返事どころか視線さえよこしやしない。いやいらねーけどな。今の御曹司に正面から見られたりしたらきっと全身の細胞って細胞がひとつ残らず沸騰して蒸発するんじゃないか。実際シャレにならない感じだ。ジャポーネのコトワザに君子危うきに近づかずなんてのがあったけど、その「危うき」の具現が今まさに目の前にいる。そんなことを頭の片隅で考えながら、けれどスクアーロはそろそろとザンザスに近づいた。やっぱ賢くねーんだな、俺。 「…豪華なお誕生会だったなぁ」 「…………………」 「ただの感想だぁそんな睨むな、いいじゃねえか、有象無象にだって祝ってもらえんだから。俺のなんか自分でも忘れちまったぜぇ」 「…いいわけあるか。人数が多けりゃ多いほど手順やら何やら面倒で仕方がねぇ」 「確かに…何の拷問かと思ったぜぇあの長さ。よく我慢してたな、あんた」 軽口をたたいてみても、ザンザスはうるさげに睨むばかり。ああ、疲れてるんだなと実感する。だっていつもなら絶対殴られるか何かしてるところなのに。比喩でなく山と積まれたプレゼントの包みも気難し屋の気分を上昇させるには役不足だったようだ…プレゼント… 「あ"」 「…あ?」 「俺なんも用意してねえ」 「…いらねぇよ」 「だよなぁ」 家一軒買える値段の時計や城ひとつ買えそうなアクセサリーやらを、スクアーロはじっとり見やる。あんなのでも喜ばない御曹司はただ高いものなんか鼻で笑うだけだし、そもそもスクアーロには手が出ない。かといって他にとなると…心をこめる?そういうかわいらしいことはそれにふさわしい女の子とかがするべきだ。…俺がやっても気色悪ィだけだしなぁ… 「…それでもさ、あんたの誕生日だろ。いちおう考えちゃいたんだぜ。だけど、俺、金だってセンスだってあんたよりねぇから、何すればいいかわかんねーんだぁ。だからさ、だから」 色とりどりの包みがローテーブルでざらりと崩れた。闇色の正装のふたりは気にもとめずに対峙する。 「俺をやるよ。未来も命もぜんぶやる。いまさらかもしんねーけど…俺はあんたのために死ぬぜぇ、ザンザス」 言うスクアーロを、ザンザスは黙ったままで見やる。するとスクアーロは気まずげに視線を落とし堅苦しいスーツのすそをひっぱって、「…他のボス候補の首、みんな叩っ斬ってきて並べるよりゃましだと思ったんだけどなぁ」所在なげにぐいぐいとひっぱり続けるから祝いの場のためのそれなりに上等な生地のスーツへ無残にしわが刻みこまれてしまった。布地に濃い色に浮きあがる陰影。分家のやつらの顔も名前もいちいち記憶なんかしちゃいないが、こいつに一言やれと言えば末端の末端にいたるまで日付も変わらないうちに生首に化けているのだろうなと、思いながらザンザスは口を開く。 「来年」 「え"、」 「来年まで待つ気はねぇぞ。その程度のこと、何もなくても片づけるくらいの役には立つんだろうな、お前のそのプレゼントは?」 「あ"、ああ、もちろんだっ!?」 顔を跳ねあげたスクアーロに手近な包みを投げつけてから、ザンザスはかるく息を吐いた。まあ、そうだな。悪くは、ない。 「…一応程度でも、脳みそがついてるだけ他よりましか」 その言葉に、わかりやすく表情を明るくさせたスクアーロが涙目のままで胸をはって「当然だろぉ!」とやたら偉そうに言ったものだから、つられたようにザンザスも少しだけ苦笑じみた笑みを浮かべた。それはその日はじめてザンザスが意識せずにつくった正の感情だったけれど、あいにくその場にいるのはふたりきりだったし、当人たちがそれに気づくこともまたなかったのだ。 かくてこの日の顛末は、それこそ、天より他に知る人もなく―――― 20071010 コンセプト:いかにもな誕生日( おれをやるよって言わせたかっただけとかそんな |