俺の好きなひとを紹介します。名前はスペルビ・スクアーロ。本名かどうかは知りません。年は俺より8つ上。だけどとてもそうは見えなくて、だからってただ若く見えるだけってわけでもなくて、まあ年齢不詳を絵に描いて銀色で塗ったみたいなひとです。 左手が義手でえらく強いです。声が大きいです。生き方に芯が通っててかっこいいです。マフィアの暗殺部隊次席兼二代目剣帝、なんて物騒な肩書きをもってます。 ああそう、それから、銀の長い髪がきれいなすっげぇ上等の美人です。俺の好きなひとは、だいたいこんな感じです。 何年もアタックしてるんだけどまったく相手にされません。何度片道分だけの燃料でぶつかってったことだろうか。トラトラトラ、ワレ、キシュウヲジッコウセリ。悪いことには神風特攻して撃墜してもこの恋心、いっこうに燃えつきやしないんだ。むしろ回を重ねるたびに防火耐刃強度はあがりまくりで、レベルがあったら今いくつくらいなんだろな?だけど立ちはだかる最後の魔王はたぶんレベルインフィニティ。ちくしょー手ごわい!難攻不落ってこのひとのことを言うんだろうな。ま、その方が燃えるんだけど。これって悪循環って言うのかね?とはいえ不毛って言われても無謀って言われてもあきらめられるわけないんだからさ、ねえ? そんなこんなで今日も元気に玉砕しに行ったわけですが。 「スクアぁぁぁロ!!」 「…よぉ、刀小僧」 尻尾があればぶんぶん振っているのが見えそうな勢いで駆けてきた山本に、スクアーロは歓迎と親しみとうわぁ、という微妙さを同じ比率でブレンドした笑みでもって迎えた。それでも歓迎と親しみが混じるようになっただけずいぶんな進歩なんだ(と、前向きに考えることにしている) 足をとめて、身体をこっちに向けて待ってくれてるスクアーロに一足飛びで近づけば周囲の隊員さんたちにはなんだか生ぬるい微笑みをよこされたけど、そんなの気にしちゃいられません。 「会いたかったぜスクアーロー!あのな、ツナくる予定になってただろ?俺護衛!ってもザンザスといっしょじゃそんなんいらねーと思うんだけどな。っと、これはオフレコな!獄寺に知れたらどやされちまう。あいつ怖ぇーんだぜ…あーあいかわらずあんた美人な!なあ今日ヒマ?久しぶりに勝負しねえ?夜とか空いてたらメシでも」 「昼からも仕事だぁ」 「あ…そ、っか。うん、そりゃいきなりは無理だよ、な…」 無造作なセリフにわかりやすくしおれる山本へ向かってスクアーロはただひとこと、「残念だったなあ」 もちろんこれっぽっちも残念そうではない。視線は明後日の方向に、昼どうすっかな、なんてつぶやいている。 うあひでぇ、くたりとしゃがみこむ山本を一瞥してスクアーロはさっさと横を通り抜けた。 通り抜けてから山本の無防備に丸まった背中を蹴り飛ばした。まがりなりにもヴァリアー御用達の鉄板入りブーツに暗殺部隊随一の武闘派の蹴りだ。山本はなすすべもなく倒れこむ。 「なっ、なに」 「うちの職場は過酷でなぁ、今日も昼休み30分しかねぇんだ。これでもやっともぎとった貴重な時間なんだ」 「大変なのな」 「で」 「?」 「昼メシ。こねぇ?夜でなきゃいらねーってか?俺はどうでもいいけどよぉ」 「え、あ、や、行く!」 飛び上がった山本を流し見て、スクアーロは、ふ、とうっすら笑い身をひるがえした。ああもう、これだからあなたを好きなのってやめられません。 俺の好きなひとはきれいに食事をする。 スクアーロにかかれば適当なカフェの微妙にぬるいパスタも脂ぎったフィッシュアンドチップスも白磁の皿に乗ってる料理のようだ。俺はそのきれいな食事風景をエスプレッソぐるぐるかきまわしながらぼんやり眺めてた。スクアーロの髪は夜に沈んだときがいちばん映えるけど昼の光の下で見るのもいいなあ。うん、いい。なんだろう、至福?朝日でも綺麗だしなあ。 そんな不純なこと考えてたもんだからいつのまにか視線がぶつかってたのにも気づかなかった。鋭くて甘くてガラスみたいな目だ。あきれの色が浮かんでるのもそれはそれで…アレ?もしかして、なんかこっち見てる? 「てめえ…トリップしてっとよけいばかに見えるぞぉ」 「ひっでー、よけいってなんだよ、余計って!」 「あーくそぉ、いーい天気だなぁ仕事行かねぇとなぁ」 「えっもう!? えええーっと、はい!スクアーロさんに訊きたいことがあったんでした!」 「んだよヤブからボウに」 「スクアーロのタイプってどんなの?」 「………ハ?」 「そうそう、そういやずっと知りてーと思ってたんだ。教えてくれよ!」 「ったくガキはくだらねぇな…あ゛ー、タイプ…タイプなぁ…」 すう、とすがめた目が含みをもたせて山本を通りすぎ、遠く細められた。 視線はかすめただけなのにどこか深いところがずくりと脈打ち、なぜだろう、ひどく動揺する。 「…黒髪だな。強引で腹も黒い。自分のやりたいことだけはきっちり通すのはどうかと思わねぇでもない」 歌うように言うスクアーロ。うん、あれ?だけど、 「あと、強ぇ。本気の殺気はそりゃあいいぜえ…」 「………そ」 それって、つまり、それはあなたの上司ですよね? ああそうか、唐突な不整脈の理由はこれの予感か。 だけどすこし絶句したのは別にショックだったからじゃない、そんなのはもうずっと知っていたこと。きっとまぶしすぎたんだ、スクアーロが。苦笑しようとした表情はおかしな具合にくしゃくしゃ崩れていった。やっぱりこのひとは太陽の下に出ちゃだめだ。明るい光に透かしたスクアーロはやけにはかなくて、この世の美しいもののイメージを全部集めてひとのかたちにしたみたいにきらきらして、見てるだけでほら、こんなにも胸が苦しい。お願いです、そんなにいとおしそうに彼のことを思わないでください。大切そうに姿をつむがないでください。だって、俺は、俺は、俺は。 「あなたが好きです、スクアーロ」 何千回目かの告白はひときわみっともなく終始した。こればっかりは何回やっても慣れやしない。正面から見定めてくる銀灰色を感じながらしどろもどろに、どうかこの思いが今度こそ届きますように、祈りながら、願いながら。 「俺、スクアーロが好きです。好きで好きで大好きで、悪い、やっぱあきらめられない。たぶん死んでもこのままだと思う。あんたには迷惑だろうけど…どうすればいいかなんてわかんなくて…どうしてほしいのかも、ほんとは、よくわからねーんだ。…俺じゃザンザスには絶対かなわないだろうから、あんたを」 ガタン。 乱暴な音に我に返ると目の前には携帯の液晶がつきつけられてた。 …待ち受けの壁紙、もしかしていつか何かの雑誌に出てた鮪料理?ああ、好きだもんな、マグロ。突然のことにそれくらいしか脳が動かない。 「時間。仕事、あるから。じゃあな」 ぱくんと携帯を閉めると無表情のスクアーロはプラスチックの椅子をがたがた戻して行ってしまった。俺は手も伸ばせずに固まったままで、何千回目かの恋の死体が横たわるのを茫然と見る。 やっぱりな。わかってたよ。白い十字架が心臓に刺さって胸が痛くて息もできない。だけどわかってたことだろう?…しかも、 「…レシートもってかれてるし…」 嗚呼いっそすがすがしいほど無様じゃないか! 親父が好きだっつってた故国の歌みたいに、涙がこぼれないように上を向いたら、死にたくなりそうなピーカンの空。俺なんでまだ生きてんだっけ?なんて思ってみても世界は回るし、心臓は止まらないし、俺の好きなひとはうしろから見てもきれいに歩く。その背中にまた惚れ直すとか、あーあ、我ながらやってらんねーな。 「と・いうわけで、すごいかっこ悪かったんです、俺」 「あぁうん、それはかっこ悪いね」 友達がいもなくうなずくのは友人兼上司の沢田綱吉。ちょっとひどすぎやしませんか?…嘘。訂正。ツナはやさしい。獄寺なら「だから何だ」とか言うだろうし、ヒバリは話聞いてくれねえし、骸は途中でいなくなるし、了平さんは極限しか言わない。ランボは話より蝶の観察をとる。俺のスクアーロ関連の話をまともに聞いてくれるのはツナくらいです。あ、今度女子に相談してみようかな?でもなんか、捕まったら逃げられなさそうで怖いんだよな。 「ほんっと自分が嫌になるんだよなー…どうすりゃいいんだろうな、俺。もっと大人になれたら…でもなぁ…」 「うーん、ていうか、思うに、山本はもう少し察した方がいいんじゃないかと」 「…わかってるよ、ツナ。望みなんかないって、最初っから」 「え?いや、あの」 「どうやったってザンザス以上の存在になんか…わかってんだ…でも」 「山本、」 「それでも…すきなんだよなぁ…」 「……………………………………………………………………………………………………わかった」 「へ?」 防弾ガラスのウィンドウから目を離し、見れば、後部座席のクッションにどさっと沈む友人兼上司。その表情はなんつーか、…黒ツナ降臨? 「やっぱさぁ自分で気づく方がいいよねって思ってたけど、いいや。もう、見てられないし、実害もあるし」 「? え?何?」 「あのね山本、スクアーロって女の子に丁寧なんだ。まあイタリアの人だし当然なんだろうけど、特に京子ちゃんとかハル、クロームにさ。何あれさりげなくドア開けて手ぇとってエスコートなんか超優雅でさぁ日本人にはできないっつのラテン系め京子ちゃんの頬赤くさせるとかグローブ出しかけたし、まぁそれはいいんだけど」 「なーツナ、目が笑ってなくね」 「気のせい。それで訊いてみたんだ、なんか京子ちゃんたちには特別やさしくないですかって」 「はあ…」 「そしたらなんて言ったと思う?ちょっと考えるそぶりしてからにやって笑って『俺は年下が好みなんだぁ』って」 「…そうなのか?まー確かに笹川はスクアーロより」 「山本…意味わかってる?スクアーロ、年下が好みって言ったんだよ。それも、意味ありげに」 「…は」 「ついでに言うと山本ってけっこう腹黒いと思う」 「や、ツナに言われたくは」 「いいから聞け。マイペースってのは強引と紙一重だし、自分の意見はいつも通すし、剣強いじゃん」 「…あ?」 「あと、ほら、黒髪」 え? 待っ。え? 好み。年、下? ちょっと待て、ちょっと待てちょっと待てちょっと待て待ってくれ。 「ツナ俺急に電波が急用の宇宙から!!」 「すみませーん運転手さんとめてとめてー。いちおう言っとくけど明日も仕事だから。さぼったりしたらお給料さっ引くから」 「サンキュー愛してる!」 振り向きざまに叫んでウインク、車を降りて走る走る。空はやっぱり真っ青で泣きたくなったから上を向いて走れば笑いたくなった。頭のなかじゃヴァリアーまでの距離を計算する俺と茫然としてる俺と飛び跳ねる俺、それに十字架の下を掘り返す何千の俺がアドレナリン漬けになっておぼれている。 ちくしょう、あんたに続く世界はこんなに美しくて、俺は今にも死にそうです。 さて、再び走り出した黒塗りのリムジンの車内にはため息をのみこむ10代目ドン・ボンゴレがひとり。 「…あれ絶対明日までに帰ってこないだろうなあ…だけどあの両思いの平行線、見てたらかゆくなるし…京子ちゃんも心配だし…まあ、山本の恋成就祝いってことで、我慢するっきゃないか」 友人兼上司兼キューピッドのドン・ボンゴレはあきらめとともにうなずいて、遠い二人へ投げやりな祝福を贈るのでした。 20080402 やますくウェブアンソロさまに提出させていただいたなにか |