雨の名を冠した戦いのあとで傷だらけのスクアーロを回収してから、さてどうしようか、困惑した。およそ身体の表面という表面を覆いつくした包帯よりもなお白い肌で眠るスクアーロを横たえたベッドの脇、パイプ椅子に腰かけて息をつめる。ああなんて幸運、いや偶然、いや…皮肉。ひと目見たときからあこがれて欲して焦がれてこがれてずっと想ってきた美しい生き物が今この手のなかで呼吸している。生死も運命も思うままに、できる権限が自分にあるのだ。それこそ世界から存在を削ることだって、自由を権利をすべてつないで支配してしまうことだって、なんだって。そんなふうに奪ったってしょうがないと理性はささやく。けれど誘惑はどうしようもなく、甘美だ。それだけ長く望んできた。 永遠のような時間が過ぎる、身じろいだスクアーロがうっすらと目を開く。何を話そう、どう笑おう、算段は全部消し飛んで、色素のうすい瞳に自分が映るのを呆けたみたいに知覚した。叶わないと、願うことさえ無駄だとさんざん思い知っていたはずなのに、銀灰色の水晶体を前に否応なしで胸が震える。 「ボス、は」 一瞬で凍りついた。 やっぱり、という諦観と、どうして、という怨嗟がないまぜになって内臓を押しつぶす。俺を見てくれよスクアーロ。おまえの前にいるのは俺なのにおまえの中にはあいつしかいないのかそうか。ああ、悔しい、口惜しい、泣きそうだ!いっそ俺しか知らない場所に隔絶してしまおうか。手錠で戒めて足枷で戒めて首輪で檻で鎖で縛って闇で封じて鍵をかけて閉じこめてやろうか腱を切って筋を裂いて舌を刻んで心を壊してそれとも 「ザンザスならここにはいないよ。大空戦はもっとあとだ」 静かに、言う。声に反応したスクアーロが大儀そうに顔を動かした。見れば両の目はわずかにごっている。まだよく見えてないんだな。 「…跳ね馬ァ?」 「うん、よくわかったな。おまえは俺が保護してる。雨戦はおまえの負けだった。全治何ヶ月かなんて訊くなよ、生きてしゃべってるってだけでわりと奇跡なんだから」 「剣…剣、よこせ」 「…スクアーロ…もうやめにしないか。あいつはおまえが一度死んだとき、笑ったんだぜ。笑ってたんだ」 聞く気があるのか、ないのか。折れているはずの腕をさまよわせるスクアーロの割れた声が痛い。この痛みはそう、恋心とかそのあたりの。 けれど思わず言った瞬間、スクアーロは微笑んだ。ぼろぼろの身体で凄惨に、それでも微笑み、言ったのだ。 「ボスは、俺が消えた程度で、ブレたりなんかするもんか。それよりよこせよ、剣…あのガキども全部殺して、ボスに謝って、それからボスに殺されなきゃいけねえんだ…」 かなわないんだな。 敵わないし、叶わないんだな。 ディーノはにこりと笑いかける。 「…許可できない、な。かわいい弟分たちを死なせられねーし、もちろんおまえだって。ていうかマジで今無理したら死ぬんだからな、動くなよ?友達がいに忠告しとくけど」 「…は、トモダチなんつう生温ィもんをもった覚えはねぇんだがなぁ」 (俺もともだちになんてなりたくなかった) 「まあそう言うなよ、俺たちは」 (ああ) 「俺たちは」 (ああ、) 「友達じゃないか」 ( 嗚 呼 ! ) 20071024 |