スクアーロは携帯が嫌いだ。そもそもあの小さな液晶をにらみつけ、ちまちまと操作するのがまったく性に合わないのだった。否応なしの支給品だから仕方なく持ってはいるが、いまだに電話と、せいぜいがメールを少しくらいしか使わない。 加えて、どう考えてもGPSとは相容れられないと思っている。こちらから探す分には便利だけれど自分が探されるのはいただけない、なんといっても職業が職業だ。それに常日頃横暴を極めた上司に滅私奉公で尽くしている身、ほんのささやかな自由時間さえほとんどが呼び出しで潰れてしまうというのに、かてて加えて居所までもがまるわかりだなんてたまったものじゃないと、こういうことらしい。 (自由時間ったって、結局はボスのそば離れないくせにねぇ) ルッスーリアはそう思ったのだが、ささやかな思いやりとして口には出さないでおいてやった。 |
白地に赤い薔薇を咲かせてラインストーンをあしらったなんとも優美な携帯を、ルッスーリアの…直接言えば殺されるのは確実だけども、何しろ、ごつくて立派な…指が器用に操る様はなんとも壮観なのだった。ところどころにシャンパンピンクのストーンが混じっているのは本人曰く、「いい男をゲットした記念なのよ〜」 ゲット、というのがどういう意味かは、誰も訊いたことがない。 もちろんデコレーションは自分でやっているわけだが、その日ピンセットと各種の飾りを談話室のテーブルに広げていたルッスーリアはふと視線を感じて顔を上げた。見れば、ロックグラスを手にしたザンザスがじっと手元を眺めている。 「あらボス。珍しいですか」 「…細けぇな」 「ええ、でもキレイでしょ?それに楽しいんですよ」 「そうか」 にっこり微笑んだルッスーリアは、笑んだ口もとはそのままに、サングラスに隠した目をきらりと光らせた。「…ね、ボス、ちょっとだけ…よろしいかしら?」 後日、ザンザスの携帯にちょこんとくっついた白いかわいらしいリボンモチーフがヴァリアー中を恐怖の渦に突き落とすことになるのだが、それはまた別の話だ。 |
ザンザスの携帯にはもちろん暗証番号が設定されていて、その番号を知っているのは当人きりだし、これからも誰かが知ることは絶対ないだろう。仕事上の機密が詰まっているからというのもあるのだけど、しかし、問題はそこじゃない。 ザンザスの携帯には、日常生活から戦闘風景から寝顔まで、種々取り混ぜたスクアーロの写真が入っていたり…する…らしい。 仕事中のスクアーロを収めた何枚かは依頼されてマーモンが撮ったものだという。この仕事について術士曰く、「金さえもらえれば内容なんか関係ないことだよ」 ただ内心では少しばかり、なんだかなぁと思っているらしい。 |
マーモンは携帯を持っていない。なんといっても携帯より本人の方がずっと有能で、脳みそだって備わっている。 「ケータイ持って歩くよりマーモン連れてく方が手間かかんねーもんね」 同僚の王子様をしてそう言わしめたほどである。この素晴らしい『携帯』の欠点といえばただひとつ、使用料が法外に高くてとても気軽に使えないということだけだ。 |
ベルフェゴールの携帯はひと月と持ちこたえたためしがない。いっそ感心してしまうくらいに壊れ方のバリエーションは豊富だし、壊れなかったとしてもすぐに新しいモデルに買い替える。合わせてアドレスや番号もころころと変えるものだから、業を煮やしたレヴィ・ア・タンによってあるものが与えられた。ポケベルである。 これが王子様のお気に召した。驚くことには、もう3ヵ月も使い続けている。 (必ずしも高性能である必要はない。そのかわり珍しく、面白いことが重要…要するに玩具なのだな) だからこのポケベルには密かなコードネームが与えられている。ジオカトロという。「giocattolo」、つまり、おもちゃである。 |
レヴィ・ア・タンは物持ちがよくて、携帯電話だってこれまで一度しか替えたことがなく、その一度は不可抗力だった。あるひどい雷雨の日、出先から戻り、少し水を浴びてしまった携帯を拭っているレヴィに向かってスクアーロがぽつりと言った。 「前から思ってたんだけどよぉ、お前そのパラボラで充電とかできねぇの」 「…なに?」 「携帯とか」 「…充電器があるのに、それをそうする必要はどこにある…」 「いやなんとなく、面白ぇかなって。できねぇの?」 そんなバカバカしいことを誰がするか馬鹿、と、彼は怒鳴ろうとした。だけどそのとき、「…レヴィ」 神の一声に雷の守護者はびしりと背筋を伸ばした。なんだか嫌な予感がした。 「できんのか」 彼にとっての神(要するにザンザスだが) からの諮問にレヴィは立ちつくす。赤と銀の二色に射抜かれる気持ちで携帯を握りしめる。手の中では哀れな携帯が運命を嘆くみたいに身体を震わせ、誰からとも知れない着信を告げている。 レヴィ・ア・タンは物持ちがいい。だから携帯を替えたことなんて一度しかないし、その一度はもちろん不可抗力だった。なにしろ、芯まで黒焦げの消し炭になった携帯なんて、どうやったって復活させられるものじゃない! |
20090702 スマホなんかまだなかったんですよねえ(2011 |