「ぼくは見てたんだ。そこにいたわけじゃないけど。ぼくの能力知ってるだろ…一斉射撃までほんの少し、すこしだけ時間があった。常人には瞬きもできないくらい、でもボスなら跳べたはずなんだ。そうすれば弾の何割かは避けられたはず。そうすればぎりぎり耐えることはできた…かもしれない。だけどボスはなんにもしなかった。ボスのうしろでスクアーロが倒れていたからさ。ボスはスクアーロをかばったんだ。助けたんだ、そして、ボスは… 嘘だよ。これは全部ぼくの想像。ボスは動かなかっただけ。動けなかったのかもしれない、その時点でずいぶんひどいけがをしてた。転がってるスクアーロに気づいてたかも怪しい。今となっては、ってやつだね。でもぼくは思った、ボスは自分よりスクアーロを生かしたかったんだと、ぼくには超直感なんてものはないけど、だってボス笑ってたもの。最後にほんの一瞬だけ、だけど笑ってたんだもの。 ボスは、スクアーロを、」
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ザンザスの死に様は暗殺部隊の長の名に恥じない壮絶なものだったという。一緒にいた次席が助かったのは天文学的な確率の幸運がはたらいた結果らしい。次席・スクアーロは3日3晩カラフルなチューブに埋まって昏倒していた。4日目に飛び起きた。チューブがぶつぶつと嫌な音をたてた。
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「あれ実際飛び上がったんだぜスクアーロ、2センチくらい。すげーびっくりしたもん。点滴とかみんなちぎれて、俺見張りっていうか護衛とかそんなんで病室につめてたんだけどさ。いきなりな。だけど、ほんとは、ちょっとほっとした。じっとしてるスクアーロはリネンと何も変わらないみたいに見えて、まわりでうねってるよくわかんねえ機械のいろんな色のチューブのがよっぽど生き物らしかったから。暗殺者ってさあ…本物のプロの暗殺者、まあ俺も今はそうだけどまだひよっこだしな。でもそういうやつらってみんなあんななのかな。寝てるときは誰でも無防備になるし、ましてスクアーロは大けがして意識飛んでて、だけどなあ、このひと絶対誰にも殺せないだろうなって思った。リネンみたいだったんだ。シーツは抵抗しないし、簡単に破れるけど、破ったからって殺したことにはならねーだろ。…なんだろう、俺変なこと言ってるかな。うん、とりあえず、スクアーロは飛び起きて叫んだけど、のども口も使える状態じゃなかったからなんて言ったかはわからなかった。すぐに包帯のところどころで血がにじみはじめて、落ちつけって言ったけど聞かなくて、医者呼ぶ間もないから首のうしろ殴って気絶させたよ。骨が浮いてて硬かった。なんかすごい悪いことした気がした。ガキのころ、いとこの人形、きれいなドレス着た陶器の女のひと、それを割っちまったときみたいな…そんな感じな」
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2度目に目覚めたとき、スクアーロはもう暴れなかった。動かなかった。人形のように寝台に横たわったまま何にも反応しなかった。4度目か5度目の覚醒のときザンザスの死が告げられたがそれにも反応しなかった。ひと月のあいだ、スクアーロはひととして生きることを全く放棄した。肉と包帯のま白いかたまりで存在した。
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「そうねぇスクちゃんが何を考えてたのか、あたしにはわからないけれど。だけど、ええ、その考えごとにひと月かかったっていうのはべつに長すぎやしないと思うわ。抵抗できないほど眠たいときに嫌なこと考えるのって時間がかかるものでしょう?誰だってわからないはずないわよ。学生時代の数学の授業を思い出してごらんなさい、午後一番のね。もちろん比べものになんかならないでしょうけど…賞賛ものじゃないかしらねぇ。ねえ、あのこはほんとに何を考えてたのかしら。どう決着させたのかしら?あたしそのときそばにいたのよ、バンビーノのお付きで…あらごめんなさい、ツナヨシのことよ。怒られちゃうわね。だけどいまだにそうとしか思えないわ、だってあたしたちには、…いいえ、なんでもない。ともかくあたしは会いに行ったの。ツナヨシの護衛なんて口実よ。他の子たちも機会を見つけては何度も行ってたみたいね。きっとあたしたちはあのこと話がしたかったんだわ…できなかったけれど。あのこひと月ぶりにしゃべったっていうのに自分の言いたいことだけ言ったらあとはそれっきりなんだもの。ひどい話でしょ?だけど、あたしたちはあのこを、責められない」
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ひと月ぶりのスクアーロの声は当たり前だがひどくしゃがれていた、ただ明瞭ではあった。『おれはこれからあんたにつかえる』 誓いの先には沢田綱吉。かみしめた唇はこわばって暗い紫。
次の日スクアーロは退院した。夜にはもうヴァリアー主席だった。
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「べっつに人事は妥当と思うけどさぁ、だってトップってなんだかんだ雑用多いもんね!いい気味!でもあのバカやりすぎなんだよ隊員ぜんぶの前で俺はツナヨシに仕えるとか言っちゃうとか。マジで脳みそ入ってんのか心配になった。王子が心配なんて甘くない砂糖よりレアだっつの!あいつ絶対単細胞生物か、さもなきゃ髪に頭の養分使い果たしたかどっちかだね。そんなん黙って腹ん中でだけ唱えとけばよけいな波風立たないのにさ!おかげで人心は乱れまくり、バカザメの株は下がりまくり、2、3度寝こみ襲われたとか言ってたのはちょーウケた。下のやつらてこんな律儀だったんだね、ぶっちゃけバカザメが何に仕えてよーが拝んでよーが関係ないじゃん。まぁそんだけあいつはボスひとすじってイメージ強かったんじゃね?王子もちょっとびっくりしたけど(王子驚かすとか単細胞にしちゃ快挙!) でもあんましひきずってめそめそしっぱなしだと殺したくなるしねー。ぶっこわれてるあいつ何度刺そうと思ったかありすぎて覚えてないもん。あのうっとうしい半分ゾンビよりゃどんなんでもマシ。だからなんにも知んないであいつに矜持がないとか言ってる馬鹿はソッコーで動脈ちょんぎることにしてんの。ほーんと王子ありえないくらいやっさしーよこんなんたぶんこれっきりだね!」
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あの移り気な。あの口だけの。もちろんのことそれからスクアーロを襲ったのはめいっぱいの侮蔑と嘲笑だった。結局は強者に尾を振る犬だったわけか。いや鮫か、ハハハ!誓って以来綱吉を影のように護るスクアーロは何も聞かず気にせず硬質な態度を崩さない。手も出さない。けれどそのうちスクアーロを哂う者は減った。死んだのだ。ちんぴらは路地裏で死因の見本市のようにして、ある程度地位をもつ者は不始末や裏切りが発覚して。『偶然』という化け物は確かに恐ろしい威力でもって蔓延した。
それでも白い目が消えることはなかったがボンゴレ、ヴァリアー内での風当たりはずいぶんやわらかくなった。空白のひと月の様子がその間に接触したごく少数から語られたのだ。言わずもがな、これも『偶然』である。
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「 『なに言ってんのかわかんねぇ』 『…スクアーロ、戻ってきてほしいんだよ。おまえ、変だよ、わかってるんだろ?…わかんない、俺だってわからないけど、おまえは…頼むから。頼むから…俺おまえがすきなんだよ…スクアーロ、俺とつきあってよ。気分転換でも遊びでもいいから、そして、戻って』 『いいぜ』 『…は?』 『つきあう方。ソファでいいよな、ベッド遠いしよぉ。…何ぼけっとしてんだ、それともなにか、てめーの言ってるつきあいってのは、お手てつなぐだけとかそういうやつかぁ?』
22:36。声紋認識、S・スクアーロ、ディーノ・キャバッローネ。詳細不明。
『終われなかったんなら2度目はねぇと思った。呪われたんだとしたら、1秒でもながく続かせたいと。だから…だからなぁ、だからな…おれは…』
4:04。声紋認識、S・スクアーロ。詳細、不明」
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スクアーロはゆっくり笑うようになった。青い顔でよろよろ帰ってきた隊員のひとりが主席がくすくす笑ってた、と訴えたときはその場にいた全員そりゃ少し珍しいかもしれないがそれくらいあるだろ、と全力でばかにしたものだが甘かった。スクアーロは演技でも本物でもない笑みを身につけたのだ。
あまり息を乱さなくなった。達するときさえ少し浅く、はやく呼吸するだけだ。
最近では、誰とでも穏やかに話をする。
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「あいつと俺は似てるって言われたことがある。誰にだったか覚えてねえが…主が自分よりたいせつなとこがだと。知るか。だいたい比べるもんなのかそれは。あっちがどう思うかなんて知らねーけど俺は嫌だ、言ったの誰か忘れたけど思い出したらシメる。つーか、最近なら、俺より昔の雲雀に似てると思う。学校大好きな妙なやつだった雲雀。今のあいつ、そっくりじゃねーか。あいつ人間見てねぇ、ヴァリアーだけ見てやがる。…ボンゴレも視界には入ってるか。まあその程度だろ。別に、あいつはあいつの好きなように生きてんだろう?…もし、あいつが本当に俺に似てるってんなら尊敬してやるよ、少しだけ。何よりも今生きてるってことにな」
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ザンザスの遺児を育て守ること。スクアーロが生きているのは、実にそれのためだけである。
ザンザスが遺したヴァリアーを守る。護る。共に死ねなかったザンザスへの、それが懺悔だった。与えられてしまった生への、それが意味だった。残された命はスクアーロにとって呪い以外の何物でもなく、だからスクアーロはそれを大事に大事に味わった。なぜって、それはザンザスから最後に与えられたものだから。
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スクアーロの選択は正解でも最善でもない。きっと本人さえ理解していない。ただ世界の中心をなくして、死ぬことも禁じられ、無数の岐路の果てにたどりついたのがここだったというだけのこと。
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「死ぬより生きる方が絶対いいんだ。死よりつらいことがあるのも知っているけど、死んだら全部終わってしまうもの。でも、病院のスクアーロに面会したとき、おれはまちがってるんだろうかって思ったんだ。今はやっぱり、死ぬより生きる方がいいって思ってる。だけどそれは彼がどんなふうにであれ生きる道を選んだからなんだろうと思う。あのまっくらな目に、ころしてくれ、って言われたら、おれは一体どうしただろうか…? 今、彼はおれに仕えてる。ヴァリアーのため、その属すボンゴレのため。でも…もしかしたら、もしかしたらそれは、おれが泣いたからなのかもしれない。ヴァリアーを成り立たせていきたいだけならこんなに献身的におれを護る必要はないんだ。なのに彼がそうしているのは…ザンザスの死を伝えたとき、おれが泣いたからだろうか。謝って、ごめんって言って、泣いたからなんだろうか?あのとき彼のまわりにいたのは医者と看護士と護衛くらいだった。だから彼がザンザスのために泣く人間を見たのは、たぶんおれがいちばんで…あぁ、こんなこと訊いたら、彼は笑うかな?ぎんいろの目で、肩をゆらして、何ばか言ってんだって、笑うのかなあ…?」
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真実は闇に。信念は胸に。
だからほら、未亡人は今日も喪服。そばへいける日だけ楽しみに、死にに行くように生きている。
20070602
かっこの順番はマーモン→山本→ルッス→ベル→ゴーラ→獄寺→レヴィ→ツナ です デノさんとくっつけたのはその 私の趣味で す…
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