ザンザスは8年間凍らされていた。なので目覚めると同時に失った時間を取り戻すどころか奪い取る勢いで背を伸ばし出した。氷のなかでも完全に成長が止まっていたわけではなかったらしいがいかんせん、本来あるべき身長にはほど遠く、だから夜ともなると骨のきしむ音が聞こえるくらいに伸び続けているのだとか。
 どこの人外魔境かとは思うがひと晩で1センチ近く目線の高さが違うとなれば信じるしかない。そのうちそのままの勢いで腕のもう一本くらい生えるんじゃないか、言って殴られたアザはいまだあざやかに皮膚を飾っているので二度と言わないが内心ではまだ思っている。



 非常識なほど日々成長するものだから服をつくろうにもつくれず、間に合わせでスクアーロの服を着ているザンザスだ。しかしそれも苦しくなってきた。丈にはまだ少し余裕があるけれど幅がいけない。そもそも体格の、骨格からして差がありすぎる二人である。これ以上どう鍛えても見た目の増量は望めそうにない自分の腕とザンザスのそれを比べてスクアーロはため息を吐く。もちろんある程度、スピードのために筋肉つけすぎねえようにはしてるけどさ、遺伝子とか自分で選べりゃいいのになぁ。今や手のひらが半ばまでのぞくようになった袖口はザンザスが目覚めて間もない頃に資料を取るのに手を貸した書類棚をいつのまにか自力で攻略していることと重ねれば感慨めいたものをもたらさないでもない。
 服よりもどうにもならないのは靴だ。こんな世界に生きる以上機動力は必須で、だから靴だけは無駄を承知で毎日つくり続けている。運がよければ3日くらいは使える。使えなくなった靴は少しずつ増えながらザンザスの部屋を浸食している。スクアーロが並べていた。ザンザスは何も言わない。広い執務室なので気にならないのかもしれないが…よく、わからない。
 わからないのだった。ザンザスが何を考えているのか、それが。8年という歳月は人ふたりのあいだにたやすく踏みこむのをためらう程度の距離をつくるだけの長さは十分備えていた。そしてそんな重い8年を過ぎてなお、傷はいまだ癒えてはいない。ザンザスの、スクアーロの、それぞれの傷。目をそらすことさえできない記憶に刻まれたそれ。なにしろ、果たせなかった誓いの証は今もまだ、己が背中をさらさらと流れているのである。



「…何くだらねぇことを延々とやってやがる、カス」
「あぁ、…ボス。もう出かけっかぁ」

 墓標のように靴を並べていたスクアーロは緩慢に立ち上がって、返事もせずに前を行くザンザスを小走りに追いかけた。追いつきながら思う、ザンザスは振り返らなくなった。もともと振り返るだとか、反省だとか、そんな殊勝な行動とは無縁だったけれど目覚めてからは特に。なあボス、なんでそんなに立ち止まらねぇんだ?8年前なら気負いなく訊けただろう言葉はしかし、のどの奥で凍って溶ける間もなく砕けて落ちる。なあボス、そんなに生き急ぐのは、後悔してるからなのか?
 スクアーロにできるのは黙って従うことだけだ。一足飛びの足跡から、靴跡から目をそらさず己が傷の上へ刻みつけながら、ただいつか彼の人が踏み出す一歩を切り開く礎とでもなれたならこの上ない幸いだと思う。













20080202

ボスが止まらないのは後悔してるから?→俺の力が足りなかったせいで→今度はその足を止めさせたりしねぇ
自虐の果ての自己完結