ぎゅう、と眉根をよせてのろのろと腕を引きあげる。一緒にもちあがったきれいな刃にはじかれて弾はどこか遠くへ旅立っていった。ボン・ボヤージュ、つぶやいてよろりと地面を蹴れば、物陰の狙撃手はあわてふためいて駆けだした。けれど彼がちらりと振り返ればすでに、嘆息さえ聞こえそうな距離に獲物を定めた銀の鮫。面倒くさそうにしか見えないその表情に、ああさっきの離別の言葉は自分へ向けられていたのかと被害者は死のふちでようやく悟る。

(身体中が痛い)

 殺し合いのあいだにスクアーロが考えていたことといえば、実のところただその一文だけだった。惰性と反射のみで戦い生き残るという離れ業を1%の才能と99%の経験とバニラエッセンスほどの奇跡が可能にしている。
(からだが、いてぇ) 脚を切り飛ばす。(特に脇腹。あと頭のうしろ) 頸動脈を狙う。(ったくうちのボスさんときたら) 骨にぶつかる、少し角度を変えて関節の隙間に刃をねじこむ。(もう言うほど無茶できるだけも若くねぇのに) 臓物を踏まないように前へ。(年寄りきどるつもりはねえけど、もすこしこう、加減っつーか) 木箱を蹴り倒す。(…無理だよな、だってボスだもんな) 罵声の響いたあたりを拾い上げた銃でざっと一掃。(あーあ、絶対あざになってるよなぁ脇腹)



 はやく帰りたい、と、スクアーロは思った。そうだ、今日はボスも本部詰めのはずだ。やっぱり早く帰ろう、思ったとたん剣を振る速度がすこし増して、我ながら現金だなと案外まんざらでもなく苦笑する。殴られても蹴られてもひどく抱かれてもどうにもスクアーロは不幸になれなかった。なんといってもスクアーロの世界はザンザスとそれ以外という構成でできているのだ。

(はやいとこ終わらせて、ベッドにもぐって、そんでボスと抱き合ってキスしよう)

 いい考えだとスクアーロは笑った。青ざめた満月の下、血染めの路地裏、うっとり微笑む銀色の殺し屋は悪夢のようにうつくしい。





 今日もスクアーロは主のもとへと無明の闇の水底を泳ぐ。













20070930