目を閉じる瞬間まで頭上にあったのは、確かに見慣れた板目の天井だったはず。けれど今まさにその場所へ広がるのは、うすい紫の更紗を何枚も重ねて上から光を透かしたみたいな奇妙な空だ。
身じろぎすればしゃらりと鳴る濃い緑の下草だってそう、連日増えこそすれ減る気配をまったく見せない事務仕事に疲れた身体を投げ出して、かろうじて仰向けにだけしたのは少しくたびれた布団の上でのことだったのに。体勢は変わらないものの、背中から伝わる感触は土と植物のそれだった。やわらかい葉に包まれた頭をめぐらせて見やれば、ぎりぎり目の届くあたりより向こう側は闇にのみこまれている。この場所は狭いのか広いのか、閉じこめられているのか放り出されているのかさえ定かでなかった。
しゃらり、しゃり。
風が細い葉をゆらす音に目をすがめて、そのまま瞼を落とした。どうにも訝しむきもちより疲労の方が強い。どうせこんなのは夢なんだからと肩の力を抜いて、どことも知れない地面に身体をゆだねた。しゃらり、しゃり。風が鳴る。ふいに、その音をつくるのは風だけでないと気づいた。足音、目の上に落ちる影。
「なんや、えらい久しい気ィするなぁ」
………ああ、

「イ ヅ ル」

ああ、その、その 声!
否応なしに胸を震わせる声だ。失ったときにもう戻らないのならと、つないだ手のあたたかさや感覚や、そんなものと一緒に全部捨てて、そして、そしてどうしても捨てきれなかったそれ。
笑みを含んで甘く響く、その声!
気配が近くなって、ぐいと目尻をこすられる。自分が泣いていることにはじめて気がついた。泣かせるつもりはあらへんのやけど。困ったような言葉に、ならどうしてと叫びたかったけれど、目から移った熱がのどの奥に溜まって言いたいと思っていたことをすべて溶かしてしまった。
さら、と髪がなでられる。一本一本に指をからめるようにやわらかく。これが夢ならさめてくれと、心のどこかがきしんで悲鳴をあげた。
「…もし、夢でない場所で逢えたら、殺します」
どうにかつぶやいた言葉はみっともなく語尾がにじんだ。小さく笑う気配が離れていって、彼の人が立ち上がったことを知る。
「そやな、」
「君になら死んだげてもええかもな」
夢だ。
これは、夢だ。でなかったらそんな、そんなこと言うはずがない。
夢なら覚めろ、さめてくれ、僕の気が狂わないうちに早く!

「…頼むから!!」



次に目を開けたとき世界はすでに日常で固められて在った。大分高く登った日の光には紫の色なんてわずかもない。汗ばんだ肌にまとわりつく麻の敷布。
熱の名残をとどめた瞼を片手で覆い、胸につまったしめった空気をどうしようもなく吐き出した。
「仕事に、行かないと…」
つぶやきはひどくかすれ、さながら夢で流した涙を、それとも身体を重ねた夜を思い出させるよう。
そしてイヅルは、また少しだけ泣いた。













20070727
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