ついに桜は咲かずじまいだった。仕方のないことだ、花には学生の感傷につきあう義理などあるまい。それにここ数日はひどい冷え込みだった。テレビが繰り返して言う暖冬というやつ、あれはきっと真っ赤な嘘に違いない。
 上履きのまま踏むコンクリートはいつもより硬くてドキリとする。薄っぺらな靴底のせいだ。小石を避けて慎重に足を速め、前を行く元親の肩を叩いた。


「体育館寒かったね」
「やばいよな。つーか元就あいつまじ鬼」
「なんで?」
「カイロ取られてさあ…ぜってぇ血の色ミドリだね、あいつは」
「あははー、ご苦労様」


 いつも通りのどうでもいいような会話。それが片手につかんだ筒ひとつで、なんだか特別な色を帯びる。
 結構な人数が泣いていた。ほとんどは女子だけど、野郎もいた。佐助や元親は泣いていないが、だけど靴を履き替えかばんを持って向かった先の校門には、当人たちよりずっと泣きそうな顔が待っているのだ。


 佐助は、だんな、と呼び、元親は、政宗と言った。政宗は一見するとただ不機嫌なだけだ。しかしつきあいの長さが握ったこぶしの白さや目元の赤みを教えてくれる。幸村の方はといえば、これはもう絵に描いたみたいに涙と鼻水でぐちゃぐちゃなのだった。つまり、足して2で割って、『泣きそうな』。
「べつに今生の別れでもあるまいし」
 佐助が苦笑とともに言えば、元親はにやにや笑っている。政宗は上級生二人をはすに睨んでいる。多分、過激な自然保護活動家の目の前でつぼみを踏みつぶしたら、こんな感じ。幸村はわあわあ泣いている。空はからりときれいな青。


「先輩方御卒業オメデトウゴザイマス」
「ありがとうだけど政宗君、なんか全然祝ってるように聞こえないんだけど。むしろ呪われてる気がすんだけど」
「That's right」
「もー、何言ってんの。また遊びに来るよっていうか、普通に家行ったらいいんじゃん。あ、第二ボタンあげようか?ほれほれ」
「ぞれはお゛れのだあああっざずげぇぇぇぇぇ」


 キャアアはなみずつけないでと悲鳴を上げる佐助だが、カメラのフラッシュもかしましい中ではたいして目立つものでもない。結局、ひとしきり騒いでから、政宗と幸村は学校に残り、佐助と元親は歩き出した(在校生には片付けがある。それがなかったら、絶対に二人とも離れなかっただろうけど)


「このあとなんかあるのか?」
「ん、部活で集まる。ちかちゃんはバイト?」
「おう」
「そしたらここらでお別れかな。政宗とかとカラオケ行くのいつだっけ」
「木曜。…じゃ、またな」
「じゃあね!」


 ぐうっと背中を伸ばした拍子につめたい風が首筋をかすめた。佐助は首をすくめたけれど、だけど、恐れることなど、何もないのだ。
 友人とは手を振って別れた。元親は右、佐助は左。門の前ではかわいい後輩たちが見送ってくれている。
 目の前には道。空は快晴。これ以上、何を望むことがあるだろう。















20080303

ありがとう さようなら