妙に間延びしたチャイムの音が気に障るからと原色の配線を切ったのは10日ほど前のことになる。場違いなインテリアと化したもと電気コードは鋭利な切り口をさらしたまま壁の上の方でしおたれている。 おかげで予告なしにドアが開いたとき、つけっぱなしのテレビでは携帯を持った仲間由紀恵が微笑んでいた。別に関係なんてないけど携帯はauだ。安いのを選んだからワンセグじゃないが、別に不便を感じることもない。 画面を見つめたまま足音を聞いた。規則正しいきしみが8歩目でリビングの敷居をまたぐのを知ってる。そのあと冷蔵庫のミネラルウォーターをグラスに半分ほど注いで、飲みながらソファごしにこちらを見ていることも。理由はわからないけど振り返ることはしない、なんとなく。そう話をすると腐れ縁の銀髪は首を傾げて、おまえらって変なとこ似てんのな。どういう意味だ、睨めば、なんとなくだよとさらりと。なんかむかついたので眼帯をむしって窓から投げてやった。ひっでぇ、何すんだ! 大げさに叫ぶのを無視してその日の授業は確かそのまま帰ったのだった。それこそなんとなくだ、それ以上でも以下でもない。 いつのまにか頭の上から伸びていた手がリモコンを押して、笑い声が途切れた。 「ああ、ごめんね。見てた?」 …先に消しておいてよく言う。答えずに顔をそむけた。どうせ何を言おうと言うまいと、この男は気にしないし予定だって変えないのに。現に今、シャツのすそから侵入した手が腹筋を確かめるようになぞって、呼吸が不自然にひきつれたのを感じる。近所の雑貨屋で見かけた安いわりにでかいビーズクッション、やっぱり買っておこうと思いながら堅い肘掛けに頭をのせた。 次に目を開くのは大抵ひとりでベッドの上でだ。ぼんやりと天井を見上げていると、ふいにあれの携帯のアドレスを知らないことに思い至る。今度訊いておこうとは思うが、また次に思い出すのは多分同じ状況になってからだ。だからいつまでたってもメールができない。なぜか番号だけ知っている。 メルアドを訊くかわりにテレビを壊そうかと考えてみた。もしかしたらあいつはテレビを消すついででこっちに手を伸ばすのかもしれない。34インチの液晶を割ればずっと黙ったまま立っているだろうか。寝て、起きて、覚えていたらやってみようと思った。目を閉じる。 …あぁでも多分無意味だ。そういえばチャイムに引導を渡したのも同じような理由だった気がする。 思い当たって、特に落胆はしなかった。 20070601 |