深夜の通販番組をぼんやり眺めながらいつのまにか眠って玄関を叩く音で目が覚めた。携帯を引き寄せれば液晶に浮かぶデジタルの数字は6:45、特別早すぎるわけじゃないが人を訪ねるのに適当な時間とも思えない、心当たりもない。ドアを開けると同年代に見える若い男が立っていた。オレンジ色の頭をぺこりと下げて、ポケットから引っ張り出した紙きれとこっちを見比べる。 「おはようございます。えーっと、真田幸村さんだよね?」 「そうだが…」 「あ、よかった。おれはジャパネッタ通運から来ました製品番号D-1310、あなたを守るために生まれました。どうぞよろしく」 「………は?」 というのが幸村と佐助の出会いだった。どうやら寝ぼけて変な通販に電話したらしいが(携帯に履歴が残っていた)、それにしても意味がわからない。人を買うとか何時代の話だ、しかも伝票を見たら値段は税込み19800円。安すぎだろう。いや高いのか? まあ、そういう問題でもないんだけど。 金はいいから帰ってくれと言ってもみたけれど帰る場所なんかない、どうしてもって言うならゴミ集積所と燃えるゴミの日を教えてほしい、なんて雨の中の捨て犬だか捨て猫みたいな、かつけっこう本気の目で言われたらそれ以上強く追い出すわけにもいかず、学校の時間も迫っていたのでとりあえず部屋に放り込んでおいたらそのまま居着いてしまった。ほんとに猫でも拾ったみたいだ。ただし猫よりも大分やっかいな生き物ではあった。 佐助はとにかく何もできなかったのだ。食事をすれば茶碗をひっくり返し、外を歩けば平らな地面で転び、コンビニの自動ドアには3回に1回は必ず激突する。そのくせ事あるごとに「おれはあなたを守るために生まれた」と言う。 わからないことだらけの佐助だったがその言い分がいちばんわからなかった。最初に名前を訊いたときも、D-1310、パーソナルネームは佐助です。2文字から5文字まででランダムに決められるんだけど、この名前変じゃないですよね?と。嘘を言ったりごまかしているようには見えなかった。しかし奇人変人ならもっとすごいのが友人知人にごろごろしている幸村だ、少し電波なくらいじゃ目立たない。むしろそんなのと比べれば佐助は常識人の部類だった。なんだかんだ言いながらも佐助は幸村の日常になっていった。 ただひとつだけ、どうしても慣れなかったこと。いつだって笑っている佐助が、「おれはあなたを守るために生まれた」と言うときには決まって笑みを消し、さみしげにさえ見える真剣な顔になることだ。そんな佐助を見るたび幸村はなぜか不安をおぼえた。「何を言ってる、どちらかといえば守っているのはこっちの方だろう」「佐助に守ってもらうなんて危なっかしくてできぬよ」「気持ちはありがたいが、とりあえず電柱にぶつからないようになってから言ってくれ」 気をそらしたい一心で言うと、佐助はすぐに憤慨したり落ち込んでみせたりといつもの調子に戻った。そしてようやく根拠のない幸村の不安は鳴りをひそめるのだ。 ある土曜日、佐助とふたりで駅前のデパートへ出かけた。なんてことはない暇つぶしだ。そこで地震に遭った。いきなりの衝撃にどうすることもできず、壁か、棚か、床か…固い何かに頭を打ちつけて幸村は気を失う。次に目を開けたとき、視界の先では真っ赤な旗がひるがえっていて、しばらくしてから炎だと気づき身体を起こした。燃え盛る炎を床に倒れて横向きに見ていたのだ。震える足に舌打ちして立つことはあきらめ壁に身体を預けると、炎の前の影が振り返り、「気がついたね。よかった」と言う。 「佐助…?」 「うん」 「もしかして、ここまでおまえが」 「うん。あちこち崩れたし、火が出てきたから…でもうまく動けなかった。服、ちょっと汚れちゃったね。ごめん」 チラチラと踊る影が目をくらませ、佐助の表情を隠していた。佐助は再び炎を見やってまずいな、とつぶやく。そうしておもむろに灼熱の中へ歩いていこうとする。 「っ、佐助、何を」 「このままじゃ火からは逃げてられても熱と酸欠で死んじまう。どうにかしなくちゃいけないよ。…大丈夫、絶対に助けるから。死なせたりなんかしないから」 「だからといって佐助が行ってどうなるものでもあるまい!それに、そんなことしたらおまえが…佐助が」 「役目だもん。おれはあなたのものなんだ。あなたの役に立つこと、それがおれの存在意義」 どんな表情かはあいかわらず見えない。ただ、そのとき佐助は確かに笑ったようだった。だって、と笑って、言ったのだ。 「おれはあなたを守るために生まれた!」 オレンジの髪が炎にのみこまれてゆき、やがて火の勢いが弱まり、消え、レスキューがやってくるまで幸村は身じろぎもしなかった。 少しだけ涙が流れたけれど、業火のなごりの熱風がすぐに水分を奪っていった。 それからどうなったかって? 幸村の生活は特に変わってはいない。以前通りひとりで暮らしている。ただ携帯を手元に置いたまま眠ることはなくなったらしい。 履歴に残っていた怪しげな番号はとっくに消えてしまっている。 20081104 BGMはラフメイカーで… |