「じゃあ俺はこっち行くから」

す、と腕をのばして、佐助は言った。

「旦那はそっちからね」

幸村はすこし首をかしげた。指し示す方向ではなく、白い指先からなんとなく目が離せない。
白い指。手首。腕。肌。職業柄、積極的に日に当たるわけでないがための、不自然ではないけれど白い身体。短いつめ。第二関節の浮き出た、わずか曲がった指。まるい指先。骨と筋ととびきりかたい肉でつくられた腕、水平に保たれて微動だにしないそれ。
白い肌。いくつの傷跡を呑んで傷さえなめらかな。無機質な…

「…どうかしたの?」

訝しげな声に我に返って、え、あ、いや、と自分でもなんだかわからない返事をした。変な旦那、苦笑をふくんだつぶやきが聞こえる。ふいに足もとのあたりへ焦燥がからみついた気がした。
「佐助は、どこにいる」
急き込んで言えば、向こうは妙な顔をした。えー…と、旦那大丈夫…? 特に頭とか。たぶん、と返すと何か変なもん食べたかなあと首をひねる。構わずにもう一度問うた。佐助はどこにいる。ここにいるな? ほんとうに、いるのだな?
「そりゃいるよ。ここに」
まったく何が言いたいんだか、今日の旦那は特別変だね。まあ今日に始まったことじゃないけどさ。
佐助は肩をすくめてかるく笑った。
その笑顔で、彼が、佐助が、すでに(あるいは最初から、最初よりも前から) どこか手の届かない遠い所に立っていることをはっきりと感じたので、幸村はすこし悲しい気持ちになってうつむいた。雨上がりの地面はぬかるんでいる。



「さがしに行きたいが、きっと見つからないだろうと思う」













20070610