元親は英語が嫌いだ。 泣くほど嫌いだ、泣いたことあるぜ、とまじめな顔で言っていた。 「かこかんりょう…何それ?食える?」 「oh…そうだな、食えりゃちっとは理解できたかもしれねえのに、惜しいよな」 仮定法とか切腹すればいいと思ってる、とは、これも本人の談である。 政宗は英語が得意だ。 そこで必然的に、というか、なし崩しにというか、泣きつかれてというか、政宗は元親に英語を教えている。これがまた笑いたいほどできない。なので政宗はいつも微妙な半笑いを浮かべるはめになる。 「I asked a colleague for his view of people who use mobile phones on trains.“Taking on the phone is totally different from talking with people sitting next to you,”he said.」 「あいあすくどあこ…これなんつーの?え、カーリーグ?カーリーグふぉーひすびゅーおぶぴーぷるふーゆーずもばいるふぉんずおんとら、とれいんず。てーきんぐおんざふぉんいずとーたりーでぃふぁれんとふろむとーきんぐうぃずぴーぽーしってぃんぐねくすととぅーゆー、ひすさいど。セイド?ヒスセイド」 「…OK,The farmer put up a scarecrow in order that the birds would not eat the seeds.」 「ざ、ふぁーまーぷっとあっぷあ、スケアクロウ?いんおーだーざっとざばーずうぉどのっといーとざしーず」 「………I have a pen.」 「あいはぶあぺん」 「てめえやる気ねーだろ」 「おまえ超能力者?」 「You are fool!」 政宗は消しゴムを投げつけ、元親は下敷きでガードする。「今なんか馬鹿にされた気がするけどよくわかんねぇや」 ああ、わからないでそんだけ察せるなら、確かに英語はいらないだろうよ。 「せめてよお…penくらい発音しろよ、ちゃんと。小学生だっててめーよりゃマシだぜ」 「理解できませーん。いいじゃねえかペンで。ペンペン」 「…小学生以下だったか…」 政宗は頭を抱える。元親は下敷きで空気を混ぜ、こまかい埃がきらりと光る。 「でもいっこだけ発音できるのあるぜ」 「あー?」 「I love you.」 リスニングのCDみたいなきれいな調子だ。いちばん陳腐な愛の言葉。あんまり意外だったので、政宗は意味さえ思い出せない。視線の先には元親の右手。ひらり、踊る、人差し指、 「I」 自分をさし、 「love」 中空にハートを描き、 「you」 こっちをさして、 「な?」 「ペンはわからんけど愛ならわかるよ。まぁあれだ、要は理解の問題なんだよな」 元親は肩をすくめ、ぱたんと教科書を閉じてしまった。 20081015 えいごがきらいなのは わたし です |