二人は最初から引き離される運命だったので逆らうために逃げ出した。逃げきれないことなんて誰よりわかっていたけれど、逃げ出さずにはいられなかった。 「にげよう」 「にげるんだ」 「どこまで」 「どこまで行けばいい?」 「つかまらない所まで」 「どこまで行けばつかまらない?」 「できるだけとおくまで」 「そうだな。足が折れるまで」 「そうね。這ううでさえちぎれてしまうまで」 「とおくへ」 「とおいとおいとおくへ」 二人は武士の子とはいえまだちいさな子どもだったから、大した距離は進めなかった。二人は追いつめられて段々山の中へと入っていった。山歩きの用意などしていない千翁の足袋の足は石を踏み小枝に突かれすぐさま破れて傷だらけになったが千翁は何も言わなかった。連れをかばって下生えの草や低い枝を払い続ける梵天丸の腕はすぐさますりきれ傷だらけになったが梵天丸も何も言わなかった。 「にげろにげろ」 「もっとにげなきゃ」 二人はとても幸せだった。手を伸ばせば届く距離に思い人がいる。今まさに手をつないで体温を味わえている。この幸せがもうすぐ終わることを二人は知っていた。知っていたのでなおさら今のこの瞬間が幸せでならなかった。 「…あのさ、ちおう、すこし休もう」 「だめだよ…いくらかでも、すすまなくちゃ」 「だけどおれ、つかれちまった。いっしょに休んでよ」 梵天丸は強引そうに言うけれど言葉の中身は気づかいだ。だから千翁も素直に従う。月が中天に登る頃、二人はおおきな木のうろに入って肩を寄せ合った。子どもの足には限界が来ていたし、どうせ山道を夜通し歩くほど効率の悪いことはない。 二人はじっと押し黙って空を見た。ちかちかと星が光るまっ黒の空がゆっくりと白み、地面に近いところからわずかずつ薄紫がにじんでいく。夜が明ける、朝が来る、朝になればきっと見つかってしまう。逃げていたときには感じなかった不安が胸を沈めて絶望を生んで泣きそうになった。暁のうつくしさが恐ろしくて仕方ない。 「どうしてかしら。わたしたちいっしょにいたいだけなのに、どうしてだめになるのかしら」 千翁がぽつんとつぶやいた。嘆きでもあきらめでもなく、ただとても不可解そうな透き通った声だ。しろくなるまで握り合った手をほどいて重ね直した。 「朝になってしまう、いらないのに。朝を見るいきものをぜんぶころせばなかったことにできるかしら」 ああ、ちいさな呪詛など気にさえとめず、金の朝日が空を焼く。 20080114 |