奥州が落ちたのち四国は武田に下った。 それらは関連するものなどない、偶然のように見えた。けれど偶然ではないはずだった。確かに意思がはたらいていたのだ。ただ無機質で、偶然と呼ぶには機械めいたそれが。 佐助は問う。血色の夕陽が不吉に沈む逢魔が時の座敷牢。赤に満たされゆらぐ部屋にはちゃちなつくりの床の間に、一輪挿しで生かされて咲く真白い百合がひときわ映える。あまい香りをまとわせて、つめたくたたずむ処女の花。 「なぜ自ら進んで想い人の敵に従うの?ふところに入りこむため?それにしてはまるで覇気が感じられない」 「違う。俺は、ただ、もう何もできないから」 「何もできない、だなんて。ちかちゃんちが動けば、うちだってまったく無事ではいられなかった。うちがどれだけ得したかわかってる? ねえ、あんたの目的は何。俺にはそれが見えない。わからない。だから、怖い。だから知りたい。それが何でも、どうしても」 「俺は森に住んでいるんだ」 「森…?」 「深く暗く静寂の木霊する森。出口などない迷いの森。森は外から呼ぶ声がなきゃ絶対に出ていくことはできないんだ。呼ばれなければずっとずっと人外の奥底で夢さえ見ずに眠ったまま」 「意味が…わからない」 「俺はそういう種類の生き物だから。あいつに呼ばれて森を出た。外の世界で生きてきた。だけどあいつはもういない、俺は帰らなければいけない。でも俺には責任ができちまってたから、だから眠るためにここへ来た」 「わからない…けど、それは逃げてきたってことなの、現実から、戦いから」 「ああ、それでもかまわない。俺はもう帰ることができたから。何だって」 「…わからない、わからないよ」 「…そうか…」 元親は少し腕を伸ばし、右手を佐助のそれに触れさせた。彼の手のひらは乾いてうっすらと暖かく、だというのに奇妙な居心地の悪さを感じる。 「お前も、森の住人なんだな」 「そうだよ、そうだよ。やっと気づいてくれたんだね、同類!」 ばち、と大きな音が聞こえた。彼の白い腕が畳に落ちて跳ねるのを佐助は見た。はじいたのは俺、叩きつけたのも俺、謝らなくちゃ(何を?)(今、何を) 元親は気にする様子もなく膝を正して座り直す。その目がこっちを見たら――怖いだろう、思って、わずか背筋が震えた。けれど元親はまっすぐ虚空を見据えてそれっきり、コトリとも動かない。 佐助は障子に手をかけて、背中ごしに、また来るねとちいさく言った。元親は何も返さなかったけれど、佐助の言葉は届いているはずだった。 そうして森の口は閉ざされる。赤く染まった六畳四方の森で眠れる姫君はひそやかに微笑む。 おしごとおしごと、節をつけてつぶやきながら軽快に門を出て、佐助はくるりと振り返る。焼け落ちる寸前の黄昏はいよいよ赤く空を埋め木々を焦がし、出てきたばかりの城を黒々とうずくまる塊に変えていた。ああ、その禍々しい姿はまるで、巨大な 森 の影のよう。 主の命を果たすために歩き出しながら、もしも、と、佐助は頭のどこかで考えた。もしも主が…呼ぶ人が死んだら、自分もあの 森 に帰るのだろう。そして死ぬまで眠るだろう。死んでも眠るだろう。永久に。 「だって、そうだった」 「俺もおんなじなんだものね」 20071112 |