君は飛べないんだ、片翼だから。
天使は言った。
君が飛ぶためには空を変えなくちゃならない。
どういう意味か訊ねようとしたが、目が覚めたので夢だったと知った。
起き上がってみると身ごもっていた。


きっかけも原因もわからなかった。
それでも平らな腹のなかに何かがいるのがわかって泣きたくなった。だってどうすればいいかなんてわからない。産むべきなのか。そもそも産めるのか? まる一日身じろぎもせず畳のまんなかに座り込んで、ぼんやりと濡れ縁に光が落ちて影を作るのを眺めていた。できるだけ動かない方がいいような気がしたのだ。不用意に動けば死んでしまうとさえ思えて身動きひとつにも気を張った。自分が子どもを産むなど考えられなかったが、死なせてしまうというのも何か違う気がした。
夜になると天使がまた現れて、ごめん、やっぱり空は変えられなかったと言ってひどく悲しそうに着流しごしの下腹をなでた。天使の手はひやりとしている。
そして目が覚めた。
夢からさめた世界も夢だったのだ。
そっと触った腹はあいかわらずまっ平らで、それでも自分の血と肉と骨以外何も入っていない。
悲しいのかわからなかった。わからないうちに取り上げられたからもしかしたら悲しいのかもしれない。


そういえば天使は銀の髪で左目がなく、そして片翼だった。
天使は自分だったのかもしれない。













20070601